2009年 03月 09日
五重塔の古い写真と銀塩フィルムのカメラを懐古するのこと |
たぶんこの辺りだろうな、と思い当たる場所はいくつかあるのですが、引っぱり出すのが大変なので、放置したままの銀塩フィルムのカメラ類。ふと思い出しました。
オリンパス・ペンD2、ミノックス35EL、2台のオリンパスOM-2のボディのうち1つと28mm、35mmシフトレンズ、50mm、もう一つのボディと75-150mmズームは、なんとなく今も机の端に置いてあるけれど…
「雨漏り書斎」さんのブログに貼り付けてあった、古い書籍の、水煙の写真を見ていて、一寸思い出したのではありました。
そんなに沢山見て回ったわけではないですが、古い建築を見学するときは、ミノックス35とOM2を2台、レンズを数本、小さなカメラバックに入れて、出かけていました。モノクロフィルムが多かった記憶があります。たまにリバーサル(カラースライド用フィルム)。モノクロフィルムは自分で現像。撮影して家に帰ると、夜のとばりを利用した時限暗室(自室や台所、時に風呂場)で、幾晩も、明け方まで現像と、紙焼きを繰り返していましたっけ。
下手の横好きでしたけれど、楽しい作業でした。もっとも、この辺の経験は、学校を出て最初についた雑誌作りの仕事にはだいぶ役に立ちました。プロのカメラマンとのやりとりや、カメラマンのいない取材のときの撮影などにね。何ショットかは、担当していた雑誌(ムック)の誌面を飾ったりしています。ほんの短い期間でしたが、いま思えば懐かしい時期のことです。

上に掲載した塔の写真は、30年くらい前、学生のころに撮った法隆寺五重塔、たぶんカメラはミノックス35ELですね。自分でフィルムを現像して、紙焼きにしています。ちょっとフラットになってしまいましたが、覆い焼きを工夫して、軒裏の暗部のディーテールを判別出来るように印画紙にプリントした記憶があります。
当節は、現像から先のことなど気にしないで、どんどん撮影して、画像編集ソフトで「ちょちょいのちょい」ですね(笑)
ちなみに、写真は6層にみえますが、写真の一番下の軒は裳階(もこし)という補助的な庇です。裳階の上のコーナーに猿のような置物(人形束という)が、隅木(コーナーにある垂木受け)をささえて居ますが、これは建築後に、重みでその上の軒先が下がってきたときそれを支えるために後世追加されたものと聞きました。
そんな所を読み取れるような写真にしたかったのでしょう…たぶん…
秋葉@ゑこう
オリンパス・ペンD2、ミノックス35EL、2台のオリンパスOM-2のボディのうち1つと28mm、35mmシフトレンズ、50mm、もう一つのボディと75-150mmズームは、なんとなく今も机の端に置いてあるけれど…
「雨漏り書斎」さんのブログに貼り付けてあった、古い書籍の、水煙の写真を見ていて、一寸思い出したのではありました。

そんなに沢山見て回ったわけではないですが、古い建築を見学するときは、ミノックス35とOM2を2台、レンズを数本、小さなカメラバックに入れて、出かけていました。モノクロフィルムが多かった記憶があります。たまにリバーサル(カラースライド用フィルム)。モノクロフィルムは自分で現像。撮影して家に帰ると、夜のとばりを利用した時限暗室(自室や台所、時に風呂場)で、幾晩も、明け方まで現像と、紙焼きを繰り返していましたっけ。
下手の横好きでしたけれど、楽しい作業でした。もっとも、この辺の経験は、学校を出て最初についた雑誌作りの仕事にはだいぶ役に立ちました。プロのカメラマンとのやりとりや、カメラマンのいない取材のときの撮影などにね。何ショットかは、担当していた雑誌(ムック)の誌面を飾ったりしています。ほんの短い期間でしたが、いま思えば懐かしい時期のことです。

当節は、現像から先のことなど気にしないで、どんどん撮影して、画像編集ソフトで「ちょちょいのちょい」ですね(笑)
ちなみに、写真は6層にみえますが、写真の一番下の軒は裳階(もこし)という補助的な庇です。裳階の上のコーナーに猿のような置物(人形束という)が、隅木(コーナーにある垂木受け)をささえて居ますが、これは建築後に、重みでその上の軒先が下がってきたときそれを支えるために後世追加されたものと聞きました。
そんな所を読み取れるような写真にしたかったのでしょう…たぶん…
秋葉@ゑこう
by akiba-echo
| 2009-03-09 00:46
| 道具と趣味
|
Comments(10)
こんにちは。雨漏りさまのところから来ました♪すごく雨漏りさまのところのコメントが楽しかったので・・・(笑)。それにとても面白いことがいっぱいですね!猿のような置物!水煙も雨漏りさまが取り上げなければ全然気づかない興味深いものですが、この置物はどこもあるのかしら?俄然次回の散歩(山口、瑠璃光寺)やる気がでました!水煙と置物チェック、カメラ忘れずに行ってきます♪
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>こりす様 いらっしゃいませ。瑠璃光寺のご近所にお住まいのようですね。「猿のような置物」は、補強用の束(つっかえ棒)で、補修部品みたいなモノらしいです。だから、たぶん法隆寺の五重塔くらいなのかもしれませんね。木は生き物なので、よく見ると、そうしたことを配慮した工夫が沢山、いろいろな建物で見受けられるそうです。ほんの少しだけでも知っていると楽しいですよね。これからもどうぞよろしく。
ゑこうさん こんばんHA
ご紹介いただきありがとうございます <(_ _)>
ムックの誌面を飾ったりしています <スバラッ カメラもプロ級でいらっしゃるんですねぇ ♪
薬師寺東塔では、三重塔の各重に裳階が付けられていて、各重とも
繊細に見えますね。
お猿さん 斗拱(変換不可)の一種でしょうか?
これをご縁に、こりすさんとも仲良くお願いします♪
ご紹介いただきありがとうございます <(_ _)>
ムックの誌面を飾ったりしています <スバラッ カメラもプロ級でいらっしゃるんですねぇ ♪
薬師寺東塔では、三重塔の各重に裳階が付けられていて、各重とも
繊細に見えますね。
お猿さん 斗拱(変換不可)の一種でしょうか?
これをご縁に、こりすさんとも仲良くお願いします♪
>雨漏り様 このブログの写真は全部、当方が撮ったものですのでどの程度のレベルであることはご理解頂けるモノと思いますデス(笑) 「誌面を飾る」=「捨てカットが必要だった」でありまして、ちょっとかっこよく書きすぎましたですね(とほほ) たまには格好良くなりたいんですけれど、やっぱり実質が伴わないと無理ですねぇ…
ちなみに、お猿さんに見える部材は、なにに分類されるのでしょうね。
ただ、他の部材と組み合わせているものではないので、斗栱(ときょう)」には分けられないのかと思います。やっぱり、「束」だと思うのですが、角材の束だと、建築構造の見込み違いがあからさまに見えてしまうので、猿のような人形型にした、という後世の修理人のしゃれっ気というのを感ぜずにはいられませんね。 ゑ
ちなみに、お猿さんに見える部材は、なにに分類されるのでしょうね。
ただ、他の部材と組み合わせているものではないので、斗栱(ときょう)」には分けられないのかと思います。やっぱり、「束」だと思うのですが、角材の束だと、建築構造の見込み違いがあからさまに見えてしまうので、猿のような人形型にした、という後世の修理人のしゃれっ気というのを感ぜずにはいられませんね。 ゑ
斗栱(ときょう)」には分けられない < やっぱり拙は素人です(/_;)
>雨漏り様 斗栱(ときょう)は別名「組み物」と呼ばれていて、構成する部材の形なども決まっているかと思いますです。
「猿のような人形型のもの」は法隆寺だと「邪鬼」とよばれているようです。他のWEBサイトにきれいな写真がありました。ちょっと調べれば、中途半端なテキストあげずに済んだと、ちょっと反省しております。法隆寺の金銅には、「狛犬」のような束が第1層目の裳階(もこし)の上にあるようですよ。「法隆寺 金堂 裳階 狛犬」でググると多分きれいな写真のページが出てきます。 ゑ
「猿のような人形型のもの」は法隆寺だと「邪鬼」とよばれているようです。他のWEBサイトにきれいな写真がありました。ちょっと調べれば、中途半端なテキストあげずに済んだと、ちょっと反省しております。法隆寺の金銅には、「狛犬」のような束が第1層目の裳階(もこし)の上にあるようですよ。「法隆寺 金堂 裳階 狛犬」でググると多分きれいな写真のページが出てきます。 ゑ
むむ☆勉強になりますなあ。興味深いのでググってみよう♪「見込み違いがあからさまに見えてしまうので」というしゃれっ気、すばらしいですよね、なくしたくないというか、ステキ♪人知れずするところがまたステキ(私たちが無知で気づかないだけですけどね★)
金銅→金堂でした(苦笑) >雨漏り様 綺麗な写真撮ってきてください。
>こりす様 ちょいとググってみると結構情報ありますけれど、アヤシイのも多いですよねぇ。ここもその一つかも知れませんけれど(笑)
「見込み違い」といっても、あれだけの木材を使った建物が、あの程度で済んでいるのは、驚くべきことですよね。法隆寺の五重塔くらいの高さだと、建築した当初と、何十年、何百年経た時では、高さが数十センチレベルで低くなると聞いたことがあります。木材の収縮が原因ですけれども、収縮も均等ではありませんので、あれだけ揃って、きちんとしていること自体が驚愕のことですね。宮大工の棟梁、故西岡常一さんの書かれた本などみると、そのあたりの凄さがよくわかりますね。
「見込み違い」といっても、あれだけの木材を使った建物が、あの程度で済んでいるのは、驚くべきことですよね。法隆寺の五重塔くらいの高さだと、建築した当初と、何十年、何百年経た時では、高さが数十センチレベルで低くなると聞いたことがあります。木材の収縮が原因ですけれども、収縮も均等ではありませんので、あれだけ揃って、きちんとしていること自体が驚愕のことですね。宮大工の棟梁、故西岡常一さんの書かれた本などみると、そのあたりの凄さがよくわかりますね。

