2009年 10月 25日
雨過夜塘秋水深(雨過ぎて夜塘に秋水深し) |
この2週間ほど、遅れた仕事に新しい仕事が重なってしまい少々無理をしたのではあります。ただ、無理をしたけれど、「無理」に持ち込んでしまった自分の力不足も否めないわけで、心身の疲労に重ねて、気持ちの上でも少し疲れてしまっています。そんなこんなで、昨日の土曜は一切仕事せず、わずかな時間仕事部屋に居ただけで、完全休日に近い状態に。
のんびりと昼前にM介といつもの公園に行くも、曇り空にそれほど気分も晴れず、夕方からのこぬか雨に、ままよと濡れる覚悟で夕方の散歩。一夜明けた日曜の朝も、雨の中を散歩です。家に帰って、M介の濡れた身体を洗ってやり、濡れた身体を乾かすまで、しばらくM介を構っておりました。
午後になって、そろそろこののんびり気分を切り離すために、キーボードに向かって、これをパチパチ。指の準備運動のようなものでしょうか、ただまとまらず、仕事の合間に気分転換がてらパチパチしていたのではありました(苦笑)
この記事のタイトル「雨過ぎて夜塘に秋水深し」は『碧巌録』という公案集の三七則「盤山三界無法」の頌にある、有名な公案(禅宗の僧侶師弟が悟りを開くためのやりとり)の中の一節です。
三界無法
何處求心
白雲為蓋
流泉作琴
一曲兩曲無人會
雨過夜塘秋水深
「白雲為蓋、流泉作琴」からこの公案を知りましたが、後の一節が昨夜の気分ではありますね。 塘は「とう」北海道の塘路湖などの地名で使われていますが、池の堤の意味なのだそうです。熊本にもこの文字を使った地名が多いようですね。
雨が降って、夜の堤に秋の水が深くたまっている、なんて、なかなか心地よい表現ではあります。昨夕からの雨は、ヒンヤリとした秋の空気を運んでいますけれど、まったく、「雨過夜塘秋水深」なのではありました。もっとも公案の深い意味はまた別にあると思いますけれど…
秋葉@ゑこう

のんびりと昼前にM介といつもの公園に行くも、曇り空にそれほど気分も晴れず、夕方からのこぬか雨に、ままよと濡れる覚悟で夕方の散歩。一夜明けた日曜の朝も、雨の中を散歩です。家に帰って、M介の濡れた身体を洗ってやり、濡れた身体を乾かすまで、しばらくM介を構っておりました。
午後になって、そろそろこののんびり気分を切り離すために、キーボードに向かって、これをパチパチ。指の準備運動のようなものでしょうか、ただまとまらず、仕事の合間に気分転換がてらパチパチしていたのではありました(苦笑)
この記事のタイトル「雨過ぎて夜塘に秋水深し」は『碧巌録』という公案集の三七則「盤山三界無法」の頌にある、有名な公案(禅宗の僧侶師弟が悟りを開くためのやりとり)の中の一節です。
三界無法
何處求心
白雲為蓋
流泉作琴
一曲兩曲無人會
雨過夜塘秋水深
「白雲為蓋、流泉作琴」からこの公案を知りましたが、後の一節が昨夜の気分ではありますね。 塘は「とう」北海道の塘路湖などの地名で使われていますが、池の堤の意味なのだそうです。熊本にもこの文字を使った地名が多いようですね。
雨が降って、夜の堤に秋の水が深くたまっている、なんて、なかなか心地よい表現ではあります。昨夕からの雨は、ヒンヤリとした秋の空気を運んでいますけれど、まったく、「雨過夜塘秋水深」なのではありました。もっとも公案の深い意味はまた別にあると思いますけれど…
秋葉@ゑこう
by akiba-echo
| 2009-10-25 18:01
| 独り言
|
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