
鹿児島県出水市の出水麓は、鹿児島県内で3地区ある、重要伝統的建造物群保存地区のうちの一つ。何度もこのブログで話題にしていると記憶していますが、薩摩藩の時代「外城」という藩内の拠点に外城と武家集落を配置して軍事行政的なネットワークが構築されていて、その外城周辺の武家街区を「麓」(ふもと)呼んでおりました。なので、いまでも名残の地名が薩摩藩内であった鹿児島県や宮崎県の地域に結構な数残っています。「外城」といっても「城」が無い武家街区だけの「麓」もあるようなので、麓は役所の出張所とその役人の住区のようなものなのかもしれませんね。麓の武家街区は、一応軍事的な街区としても考えられていたようで、道付きや石垣など相応に造営されています。ちなみに、鹿児島県内で「重要伝統的建造物群保存地区」に指定されている「
知覧」「
入来麓」「出水麓」3地区は、いすれも「麓」で雰囲気が今に残っている街区が指定されています。

気づけば熊本周辺を徘徊するようになってだいぶ年数も経っております。その結果、出水は徘徊経路の一部として何度も通過していて、出水麓も数度目の訪問でしたが、昨年の訪問(確か7月)はこれまでで一番長居いたしました。出水麓は、武家屋敷が2軒、見学者に開放されているのですが、その1軒でボランティアガイド氏とずいぶんと長話をしてしまったためです。
いろいろと。。。。まっとうに歴史のことや、篤姫ドラマ撮影のことでスタートし、いまどきの話として、地価だとか、建物の改築時の造作のことやら、ソーラーパネルのことやらいろいろと。「伝統的建造物群保存地区」といっても、出水麓は、普通に住んでいる方が多い、しかも観光客店向けの店舗などまったくない「伝建地区」なので、諸所の鬩ぎあいがあるようでして、そんな話が長かったような記憶があります。

半年も経つと忘れてきますね。でも、一番記憶に残っているのが、街区景観の主要素「石垣」の高さの話。石垣の玉石を、第二次世界大戦中に飛行場整備のため供出してしまい、石垣が昔に比べずいぶん低くなっているということなのでした。
飛行場は、出水麓から西に数キロほど離れた場所、今は「出水ゴルフクラブ」や自動車運転教習場あたりにあったようです。戦時中に「出水海軍航空隊」がパイロットや整備要員を養成するための飛行場だったらしいのですが、戦況が厳しく飛行訓練もままならなかったようです。いわゆる「特攻」の兵士たちともかかわりがあるのでしょうか。自動車運転教習場とゴルフ場の間に「特攻記念公園」という小さな公園があり、googleのストリートビューに飛行場と関連施設の配置図が映りこんでおりました。ストリートビューの画像では詳細は判別できないので気になりますし、機会があれば眺めてまいりましょう。
また、驚いたのが、これを調べていて知りましたが、よく出かける人吉にも同じような飛行場があって、出水と連携していたということです。いずれにせよ戦時中の話で、今は、出水も人吉も飛行場の痕跡はかすかなものになっているようです。(「微かな痕跡」。。。妙に食指が動いてしまいますね)

昨年暮れに急用で出かけた人吉の帰り道、ちょこっとだけ下見しに出かけた、宮崎県えびの市「狗留孫(くるそん)神社」と共通項のある「感應寺」というお寺が、出水市野田にあるので、それと合わせて近いうちにまた立ち寄ろうと、これを打ち込みながら思い出す、「出水麓」なのでした。
秋葉@ゑこう
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