2015年 04月 20日
4月初の熊本。人吉、五木、球磨の話 |

ちなみに、このところ、仕事場のある秋葉原周辺の話はどこ吹く風とばかり熊本、鹿児島、宮崎あたりの徘徊話が中心になっています。このブログは仕事がらみの用事で熊本へ定期的にでかけるようになってしばらくしてから始めていますし、最近訪問頻度も高くなっていて、記事テーマの頻度としては少しも不思議ではないのですが、ブログでネタにしたことを現地の方と話していると通じないことも出てきていて、時々ひどくマニアックになっているのではないかと思いつつあるのでした。
同じ地域に出入りしていることも在って、知り合いも増えております。つい先日も、毎度の用事で出かけたついでに、初日は、熊本市内で市内のYさんと夕食後から合流して歓談。翌日の晩は人吉で仕事とはあまり関係の無い人吉のYさんと軽く飲みながら歓談。お二人とも地元の報道関係の方なので地元の話はさすがに詳しく、話していて妙に楽しいのでした。
東京へ帰る日一日をあけてあったので、そんな話を人吉のYさんにしたら、五木村の端海野という地区と、少し離れていますが球磨村の棚田のある地区を案内していただくことに。
翌日、人吉からYさんの車で五木村方面へ。五木村でなぜか(??)観光協会事務局の方を紹介していただいた後、八代市の東陽町へ抜ける峠にあるカフェ(いちど立ち寄ったことあり)の話題で盛り上がった大通峠へ、カフェの話題はあまりにも個人的なので割愛しますが、地元Yさんとはちょいと盛り上がった話題なのでした。

昼も近くなり、人吉Yさんお勧めの、太くて短い十割蕎麦を食べようということで、五木の中心部に戻り「食堂ゆき」というお店を訪ねるも日曜日で休み。地元の方向けのお店かもしれません。結局、昼食は人吉まで戻って、[上村うなぎ屋」のうなぎ丼。前日昼はここのうな重。訳あって2日続けてしまいました(笑)

棚田の上方に大きな建物がありますが、これも廃校になった小学校の校舎。午前中に立ち寄った端海野の小学校は平成18年に廃校、こちらは平成22年の廃校だそうですが、廃校時に135年の歴史があったと、球磨村のサイトに記されていますので、明治8年前後の開校。そのころにはすでに学校を維持できるほどの人々が暮らしていたのかと思うと、いろいろと考えさせられます。
松谷棚田を眺めてもうじき午後3時。Mさんの話などを思い出しながら那良川沿いに下り、球磨川本流に近づいたあたりで肥薩線の踏み切りに差し掛かり最初の写真のSLと遭遇。遮断機の下りた踏切を見ながら「これからSL通るから」と人吉のYさんが話しだした直後にSL通過。熊本人吉間を日に1往復しているのだそうです。週末をはさんで週に4便ほど、八代と人吉の間だけと思っていたら、熊本駅まで運行しているとは、結構な運行距離ですね。この蒸気機関車に曳かれた列車の熊本駅到着は17時14分。自分もこの後すぐに人吉市内まで戻り、人吉のYさんと別れて、阿蘇熊本空港へ移動。たぶんこの列車の終点熊本駅着より少し早く空港に到着し帰京。
すごく久しぶりに地元の方と一緒に移動した一日でした。ほんとに久しぶり。このブログを始めた頃に熊本市内の方に何度か阿蘇周辺を案内していただいたのですが、それ以来ずっと一人旅。その方に久しぶりにメールでもしてみようかと、これを打ち込みながら考えております。
ちなみに、昔阿蘇周辺を案内してくれた方は熊本市内のYさんの知り合い。熊本市内のYさんとは去年東京四谷で偶然知り合ったので世の中狭いです。
秋葉@ゑこう
by akiba-echo
| 2015-04-20 08:08
| 旅の話し
|
Comments(4)
こんばんは。
SL、綺麗に保存されてますね。86は明治のデザイン臭が
残っていてなかなか佳いモノですね。デフレクターが小型の
所謂、門デフと云うヤツですが、古いSLには似合わない様に
思います。これはドイツ風で・・。小型なのに前の車輪が
横に余裕を持たせてあるとか、速く曲線部を通過できるそうで
九州のローカル線には持って来いでしょう。箱庭的かな !
SL、綺麗に保存されてますね。86は明治のデザイン臭が
残っていてなかなか佳いモノですね。デフレクターが小型の
所謂、門デフと云うヤツですが、古いSLには似合わない様に
思います。これはドイツ風で・・。小型なのに前の車輪が
横に余裕を持たせてあるとか、速く曲線部を通過できるそうで
九州のローカル線には持って来いでしょう。箱庭的かな !
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こんにちは Artist-miさん
いやぁ、詳しいですねぇ。当方、SLはSL以上の区別が出来ま
せんが、確かにすっきりした感じのデザインですね。
この機関車は、肥薩線の矢竹駅で保管されていたものを再生して
使っているという風に聞いた記憶があります。
この時代の機械モノは、部品壊れてもいくらでも作り直せます
から、息長く使えますね。そういう機械的なシンプルさも美しい
です。ふと思いましたがATCとかどうしているんだろう。。。
いやぁ、詳しいですねぇ。当方、SLはSL以上の区別が出来ま
せんが、確かにすっきりした感じのデザインですね。
この機関車は、肥薩線の矢竹駅で保管されていたものを再生して
使っているという風に聞いた記憶があります。
この時代の機械モノは、部品壊れてもいくらでも作り直せます
から、息長く使えますね。そういう機械的なシンプルさも美しい
です。ふと思いましたがATCとかどうしているんだろう。。。
こんばんは。
ATCは必ず装備しないと運行出来ない事になっています。
昔の古いATCが付いていないSLなどは、本来の基準を満たした
機関車などで牽引して運ばれてゆきますね。整備工場までの
道のりはそんな事でしょう。分解してトラックで行く事もあります。
ATCは必ず装備しないと運行出来ない事になっています。
昔の古いATCが付いていないSLなどは、本来の基準を満たした
機関車などで牽引して運ばれてゆきますね。整備工場までの
道のりはそんな事でしょう。分解してトラックで行く事もあります。
こんにちは >miさん
確かに安全のためにはATSは必要ですね。
ということは、アナログ旧世代の代表のような蒸気機関車にも
あたらしい装置がどこかに入っているということですね。
昔のように、交換駅でタブレットをやり取りするようなことは、
さすがにもうないのでしょうね。
確かに安全のためにはATSは必要ですね。
ということは、アナログ旧世代の代表のような蒸気機関車にも
あたらしい装置がどこかに入っているということですね。
昔のように、交換駅でタブレットをやり取りするようなことは、
さすがにもうないのでしょうね。

